中島芭旺くんの母親の言葉に習う!本の名言から学べる親のあり方・社会のあり方

中島芭旺くんの母親の言葉に習う!本の名言から学べる親のあり方・社会のあり方

大人でも驚くような言葉を紡ぐことで、すっかり有名になった天才小学生の中島芭旺くん。遅ればせながら、2016年8月に出版された芭旺くんの著書「見てる、知ってる、考えてる」を読んでみましたので、母親としての目線で、親のあり方や社会のあり方など思うところを書いていきたいと思います。

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万物への感謝と尊敬の気持ち

中島芭旺くんの著書の中には「感謝」という言葉が随所に出てきます。自身の手足にありがとう、と言いながら毎日身体を洗うそうです。お母さんが芭旺くんにどのように接しているか伝わってきますね。

芭旺くんとママの理想的な関係「尊重と信頼」

芭旺くんは、しきりに「ママのところに生まれてきてラッキー」と書いています。お母様が自分の意思を尊重してくれている、と理解しているからこそ出てくる言葉ですね。不登校を「いいですよ」と言える親が世間に少ないことを知っているのでしょう。

お母様が芭旺くんの気持ちを大事にして接していることがわかります。親が「言うことを聞きなさい」というスタンスではなく、「どうしたいの?」と聞き入れる姿が想像できます。

家庭内学習への賛否

いじめが原因で学校へ行かないという選択は悪いことでしょうか?学校へ行くことが良いことなのでしょうか。

「右へ倣え」という時代ではなくなった気がします。個人が思うように生きる時代が到来したのだと思います。いじめが苦で自殺している子供が増えている中で、それでも行きなさいと言うのは、あまりにも大人の一方的な考えの押し付けではないでしょうか。

いろんな生き方があっていいと思います。

学校教育は確かに勉強だけを学ぶところではありません。人間関係を学ぶことができます。芭旺くんのことではありませんが、たとえば発達障害のように、そもそも人に合わせることができない障害を持っている場合、学校に無理に行かせることは逆効果です。集団行動に順応できる子でも、不得意はあると思います。その不得意を強制させられたら、誰でも辛くなりませんか?

不登校を批判している大人の中にも不得意が必ずあって、それを避けて今の人生を選んで生きていることだと思います。「大人はいいの。でも子供は言う通りにしなきゃいけないの」では子供は納得しません。大人への不信感が募り、エネルギーが違う方向へ向いてしまう可能性があります。

苦手分野への挑戦や反抗心が建設的なエネルギーを生むならよいかもしれません。お母様は芭旺くんの意思を尊重しています。周りに厳しい批判の声が出ることも覚悟の上だったと思います。「私は何を言われてもいい」と強くいられる人は少ないのではないでしょうか。

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芭旺くんから世の中のママに捧げる言葉3選

芭旺くんの名言の中でも特に心に突き刺さった、世の中のママに捧げる言葉ベスト3を、私の独断と偏見で挙げてみました。

1.「うちの子すごいんですと言ったほうがいい」

日本では、謙遜して我が子のことを外で誉めない文化がありますよね。芭旺くんは、親が外に我が子のすごいところを言うと、子供はそのとおりの人間になると言っています。「親が誉めてくれた人間を目指そう」と子供心に思うんですね。

2.「この人が好きだから、僕はママのところに産まれてきた」

子供は親を選んで生まれてくると言われています。良い親だけではないかもしれません。未熟な親を選んで生まれてきた子はきっと「この人を助けるのは自分だ」と思って選んだんだと思います。自分の使命に気づくのは早い遅い個人差はあるでしょう。芭旺くんは小学生ですでに理解したということですね。

子供は、親の振る舞いや言動によって親の人柄を見抜きます。私たち親は、子供にこんなふうに言ってもらえるように、人としても努力したいものですね。

3.「ママには笑っててもらいたい」

怒られると悲しい、大切な人が生きていて笑ってくれることが嬉しい、と率直に述べています。私たち母親は、笑顔でいることの大切さを痛感しますね。笑顔の力は計り知れないものがあります。お母様の笑顔が、芭旺くんの行動の原動力となっているのかもしれませんね。

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不登校をなくしたいなら学校制度を変える?

子供は悪いところを指摘されて叱られても、なかなか大人の思うように行動を直しません。不登校を批判したところで、彼らは世論の通りに動くはずもありません。その必要もありません。子供は子供なりの考えを持って行動しているということを、大人が受け止めるべきではないでしょうか?

芭旺くんのしていることは日本初だとしたら、前例になってもらったらよいのではないでしょうか?家庭内学習を経験した日本人の子が、どのような大人になるか見届けてみませんか?

海外では家庭内学習はよくあることだそうです。学校に行かせたいなら、制度を変えるという選択肢も考えられます。芭旺くんが学校に行っても、ある分野においてはレベルが違いすぎるのでしょうから、レベルに合った学校制度を作ると本人のモチベーションも格段にアップすることでしょう。

年齢で分けるのではなく、たとえば「レベル別異年齢制」はどうでしょうか。オランダのイエナプラン教育を例に取ることができます。教員が足りなくて少人数制が難しいのであれば、理解力の高い子に教師役になって教える側に回ってもらえばいい。つまり、本人の得意分野で教師役になってもらえばいいのです。そうすれば、不得意分野をお互いにカバーしあうこともできます。

海外のように、飛び級制度を設けることも早急に検討すべきだと思います。そうしないと、優秀な人間は海外に進出するようになることでしょう。大きな改革が必要になりますし、改革を受け入れる側に時間がかかるでしょう。

また、クラスの受け持ちの先生さえ許可できたら、あとは少しずつ基盤を固めていけばよいことで、とりあえずやってみたらいい。勝手なことをすると、行動を起こした先生が批判を受けるでしょうから、ホームルームの時間などを使って「わからないところを互いに教えあう時間」を作って行くのはどうでしょうか?

中島芭旺くんの場合は有名になりすぎて、学校に通い始めたらきっとニュースになってしまうのだろうけれども、それはそれでハッピーエンドが期待できそうですね。

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コメント & トラックバック

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  1. By 通りすがりの者

    海外の家庭学習は履修するカリキュラムが国から指定されており、学校に行けば先生に任せられる所を親が全てしなくてはならないのでかなりの労力を要します。親が教えきれない所は家庭教師を雇ったりと費用もそれなりにかかります。自宅学習と言ってもボーイスカウトやボランティアなど同年代の子と交流を持たせたりもするそうです。
    ちゃんと教育を受けさせていない親は児童相談所的な所に通報されます。日本はその辺はまだ緩いかも知れません。

     ばお君の問題点は大人に囲まれている所、大人は子供を否定しません。大人は子供に合わせます。でも子供同士は合わせません。そこで切磋琢磨して精神が成長します。

    それと、バオ君のお母さんがスピリチュアルに傾倒し、それをバオ君に指南しているのも気になります。哲学というのは経験から作り上げた人生観を指します。まだバオ君は人生観を語るには年齢が未熟過ぎます。ばお君が独創で書いた物語や作品だったらあまり批判されなかったかも知れません。巷の自己啓発本のうけうりなのが残念です。あまり哲学書を読まれない方は新鮮な感じで受け止めるでしょうが、知っている方にはかなり薄っぺらい内容です。

    学校に行かないと決めるのではなく、行きたくなったら行けばいい。行かないと宣言したら行きたくなっても身動きが取れなります。本質的な所は自由なようで自由じゃないかもしれません。

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