岩田剛典が実家のマドラス社よりも三代目JSBを選んだ理由とは?

岩田剛典が実家のマドラス社よりも三代目JSBを選んだ理由とは?

一昨年4月に三代目J Soul Brothers(三代目JSB)のメンバーからEXILEのメンバーへとステップアップした岩田剛典(27)の実家は、愛知県名古屋市に本社を構える大手革靴メーカー、マドラス株式会社の創業家。現在マドラス社の社長を務めているのが、岩田剛典の父親である岩田達七氏。

慶應大学法学部を卒業した頭脳明晰のエリートである岩田剛典は、普通であれば実家が経営するマドラス社を継ぐのが自然な流れだと思うが、それほどまでに恵まれた環境に育ちながら、なぜ岩田剛典は三代目JSBに加入し、ダンスの道を選んだのだろうか?

【スポンサードリンク】

岩田剛典の人生を変えた慶應ダンスサークル「JADE」

岩田剛典は名古屋市の出身であるが、中学受験で慶応義塾普通部に合格し、母親と2人で実家を離れて上京している。慶應に入学するには、大学よりも中学や高校から入るほうがはるかに難しいと言われており、このことからも、岩田剛典の秀才ぶりが伺える。

そのままエスカレーターで慶應大学に進学した岩田剛典は体育会系のような本格的ダンスサークル「JADE」に入り、部長を務めるようになるほど熱中。そこで、人生観が変わる経験をしたそうである。

岩田剛典が大学2年の3月、総指揮という役職を任されJADEの単独公演のすべての部門の統括をして、一つのイベントを成功させる喜びを知ったことで、「ちゃらんぽらんな自分じゃいられない」と思ったという。

この貴重な経験がきっかけとなり、パフォーマーとして踊ることの楽しさに加え、「人に魅せる」、「人を楽しませる」というエンターテイメントの魅力に目覚めることに。

学園祭のイベント「ミスター慶應」コンテストに他薦でエントリーした時のインタビューで、「卒業後の道」について聞かれた際にも、

「ダンスやってるのも、『人を楽しませたい』という気持ちがあってやっているので、どんな形でも人に笑顔が与えられるような、エンターテイメント性のある仕事に就きたい」、「プロのダンサーは目指していないんですけど、なにかしら『人を楽しませる』ことを目指した仕事をしたい」

と答えている。

【スポンサードリンク】

当時は「プロのダンサーを目指していな」かったようであるが、その後は大手商社など数社の内定を蹴り、実家のマドラス社に入社することもせず、ダンスの道を選んだ岩田剛典。その甲斐があり、2010年に三代目JSBへの加入が決定し、昨年4月にはEXILEへ昇格と、トントン拍子の道を歩んで来た。

一見すると誰もが羨むようなバラ色の人生に思えるが、大学卒業後にパフォーマーとしての道を進みたいと親に伝えた時は、母親は泣き崩れるほど猛反対し、なかなか親の賛成を得られなかったとのこと。しかし、最終的には両親の理解が得られ、「お前がやりたいことをやりなさい」と背中を押してもらうことができたという。

岩田剛典が中学に入学する時に一緒に名古屋を離れて上京し、常にそばで岩田剛典をサポートしてきた母親としては、おそらくいずれは家業のマドラス社を継いでもらえるものと期待していたのではないか。

しかし、そこで自分の意思を貫き、自分の言葉で親を説得して、なおかつ自分が選んだ道で結果を出している岩田剛典の生き様は見ていて本当にかっこいい。ルックスやパフォーマーとしての実力もさることながら、岩田剛典の真の魅力は、草食系男子がはびこる今の時代には珍しい「芯の強さ」にあるように思う。

岩田剛典と高畑充希が共演する映画「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」(6月4日公開)も、いつもと違う役者としての岩田剛典がどんな演技を見せてくれるのかが楽しみだ。

ちなみに、岩田剛典には4歳年上の兄がいるため、マドラス社の後継者問題も心配はないであろう。

【スポンサードリンク】

【岩田剛典の関連記事】
岩田剛典と元彼女の恋愛エピソード!「両親にも挨拶」

コメントはこちらから

*
*
* (公開されません)